- ブルースが持つ、荒々しく raw(生)で感情的な側面に惹かれる方
- ギター、特にスライドギターが生み出す表現力に興味がある方
- ロバート・ジョンソンやマディ・ウォーターズといった巨人たちの、さらに源流にいる「師」の存在を知りたい方
- 音楽を通じて、理屈を超えた、人間の魂の根源的な叫びに触れたい方
Intro:「聴く」のではない、「体験」するブルース
ブルースという音楽には様々な表情があります。
B.B.キングのような洗練された魂の歌もあれば、ライトニン・ホプキンスのような人間臭い物語もあります。
しかし、これから語る男サン・ハウスの音楽はそれらとは全く異質のものです。
彼のブルースは決して心地よいBGMではありません。
それは、聴く者の安穏を脅かし心の最も柔らかな部分を激しく揺さぶる危険な音の塊です。
彼の音楽は「聴く」というより、嵐の中に身を置くように「体験」するものだと言えるでしょう。
この記事ではデルタ・ブルース史上でも特に激烈と評されるサン・ハウスのサウンドがいかにして生み出されたのか。
その魂を削るような歌声とパーカッシブなスライドギターの秘密に迫っていきます。
ギターではなく鋼鉄を鳴らす:パーカッシブ・スライド奏法

サン・ハウスのサウンドの核心は、そのスライドギターにあります。
彼はギターという楽器を、まるで打楽器か、あるいは一枚の鋼鉄であるかのように扱いました。
彼がよく用いたのは、ボトルネック奏法(*1)です。
しかし、彼のスタイルは弦の上を滑らかに滑らせる一般的な奏法とは一線を画します。
彼は指にはめたボトルネックを、まるでハンマーのように弦に叩きつけ、金属的で、鋭利で、不穏な響きを生み出しました。
※1 ボトルネック奏法:元々は瓶(ボトル)の首部分を切り取って作ったことからこう呼ばれる。ガラスや金属で作られた筒状のバーを指にはめ弦の上を滑らせることで、滑らかな音程変化や独特の余韻を生み出すギターの奏法。
さらに彼はギターをオープン・チューニング(*2)にすることで、スライドバーを動かすだけで、深く、唸るようなコードを響かせることができました。
この奏法から生まれるサウンドは、もはや「メロディ」というよりは感情の塊そのものが叩きつけられるような強烈なインパクトを持っています。
※2 オープン・チューニング:ギターの6本の弦を、何も押さえない開放弦の状態で特定のコード(和音)が鳴るように合わせる調弦法。レギュラー・チューニングとは異なる、独特の響きが得られる。
リズムの洪水:反復が生み出す、原始的なトランス状態

サン・ハウスの音楽は、師であるチャーリー・パットンから受け継いだ強靭なリズムに貫かれています。
彼のスライドギターはメロディを奏でると同時に執拗なまでに同じリフを反復し、聴き手を原始的なトランス状態へと導いていきます。
BPM(テンポ)の揺らぎや、小節数の変化など近代的な音楽理論の物差しでは測れない、彼の体内から湧き出るグルーヴ。
そのリズムの洪水に身を任せていると、思考は次第に麻痺し音楽の持つ根源的な衝動だけが身体を支配していきます。
それは現代のミニマル・ミュージックやハードコア・パンクが持つ反復の快感にも通じる、極めてモダンな感覚ですらあります。
魂の叫び、そのもの:感情の臨界点を超えるヴォーカル

もし彼のギターが鋼鉄の嵐ならば、
彼の歌声は、その嵐の中で全てを失った男の魂の叫びそのものだ。
彼のヴォーカルは、技巧や美しさといった概念を完全に超越しています。
感情が臨界点に達すると声はかすれ、裏返り、ついには言葉にならない呻き声へと変わります。
彼は綺麗に歌うことよりも、魂の真実をたとえそれがどれほど醜くどれほど痛みに満ちていても、ありのままの形で曝け出すことを選んだのだと思います。
この歌声の背景には彼が常に抱えていたとされる、「牧師」としての敬虔な信仰心と、
「ブルースマン」としての罪悪感との間の引き裂かれるような葛藤がありました。
彼の歌は神への祈りであり同時に悪魔への告白でもありました。
その壮絶なまでの内的闘争が彼の声に他の誰にも真似できない切迫感と深みを与えています。
初心者におすすめの3曲:魂の激烈さに触れる
サン・ハウスという魂の嵐。
その激烈なブルースを体験するためにまずはこの3曲から触れてみてください。
1. Death Letter Blues (デス・レター・ブルース)
彼の代名詞でありその激烈さが頂点に達した一曲。
愛する女性の死を告げる手紙を受け取った男の、絶望、怒り、そして混乱が、凄まじいテンションで描き出されます。
叩きつけられるスライドギターのフレーズは悲しみに打ちひしがれる男の心臓の鼓動のようであり、張り裂けんばかりのヴォーカルはまさに魂の叫びそのもの。
ブルースが持つ表現力の極限がここにあります。
筆者のひそやかな感想:
一枚の便りが届いたとき、男の世界は音もなく崩れ去った。
ギターの音がその砕けた心の破片をひとつひとつ拾い上げては、
冷たい夜気のように私の胸へと刺さってくる。
悲しみというものは、かくも静かに、かくも残酷に人を裂くのか。
私はただ立ったまま、時の流れる音を聞いていた。
2. Preachin’ the Blues (プリーチン・ザ・ブルース)
「説教ブルース」と題されたこの曲は彼が「牧師」と「ブルースマン」の間で引き裂かれていた矛盾を最も象徴的に示しています。
「俺はブルースを歌う。それは魂を救うためだ。いや、魂を失うためかもしれない」。
そんな自問自答が説教のような力強い歌唱とゴスペル音楽を思わせるリズムに乗せて歌われます。
ブルースを歌うこと自体が彼の信仰告白であり同時に懺悔でもありました。
筆者のひそやかな感想:
男は神について語る。
だがその瞳の奥に揺れているのは、
水底の見えぬ沼のような闇であった。
救いを乞う声はふとした拍子に呪いのように聴こえる。
光を求めるたびに自らの影に触れてしまう。
その哀しき矛盾をここまで赤裸々に歌いあげた人が他にいただろうか。
3. John the Revelator (ジョン・ザ・レヴェレーター)
古くから伝わるゴスペル(黒人霊歌)のスタンダード・ナンバーを、
彼流のデルタ・ブルースとして再解釈した一曲。
聖書の登場人物と問答を交わすという内容で、彼の深い信仰心とゴスペルへの造詣がうかがえます。
しかしそのサウンドは教会の敬虔な祈りというよりは荒野で神と一対一で対峙する預言者のような、
孤高と厳しさに満ちています。
筆者のひそやかな感想:
その声は天より落ちたものか、
それとも地の底から這い出たものか。
男のギターが応えるたび、
その響きは冷えた絹のように私の皮膚を撫でていく。
聖なるものが、かくも恐ろしく、
そしてほのかに淫靡な香りを放つとは。
私はただ、目を閉じ、
身をひれ伏すようにしてその音に身を委ねた。
まとめ
サン・ハウスの音楽は決して心地よい癒しを与えてくれるものではありません。
それは安易な感傷を許さない、厳しく激烈な音の塊なのです。
彼のブルースは聴く者に人間の魂が持つ最も暗く、最も純粋で、そして最も力強い部分と向き合うことを強います。
それはブルースが単なる音楽形式ではなく、生き様そのものであり、時には信仰告白ですらあるという、抗いがたいほどの真実を我々に教えてくれます。
この魂の嵐をぜひ一度あなた自身の全身で体験してみてください。
FAQ|よくある質問
- Qサン・ハウスの録音はいつ頃のものですか?
- A
彼の録音は、大きく3つの時期に分けられます。まず、1930年にパラマウント・レコードで行われた最初の商業録音。次に、1941年から42年にかけて、音楽研究家アラン・ローマックスによって行われたアメリカ議会図書館のための録音。そして、長い沈黙の後、1964年に「再発見」されてから亡くなるまでの、フォーク・リバイバル期の録音です。
- Qスライドギターは、どのようにして弾くのですか?
- A
一般的には、ガラス製の瓶の首(ボトルネック)や金属製の筒などを指にはめ、それをギターの弦の上で滑らせて演奏します。これにより人間の声のような滑らかな音程変化(ポルタメント)や、独特の倍音豊かな響きを得ることができます。サン・ハウスは、この奏法を極めて攻撃的かつリズミカルに用いました。
- Q彼の音楽から影響を受けた、現代のアーティストはいますか?
- A
はい、数多くいます。特に、ザ・ホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトは、サン・ハウスからの影響を公言しており、その音楽の持つRAW(生)なエネルギーや、スライドギターの使い方に、その影響を色濃く聴き取ることができます。彼の激烈なスタイルは、時代を超えて多くのアーティストにインスピレーションを与え続けています。

二十四歳。
夜の静謐と孤独の狂熱、埃をかぶった古いレコードの中に生の輪郭を見出しています。
デルタ・ブルースの倦怠、オルタナティブ・ロックの退廃、そのいずれにも通底する幽かな魂の震えに興味を持っています。
このブログでは20世紀のポップスの音楽の感想・解説を投稿します。
コメント