【ブルース史解説】デルタの泥からシカゴ、そしてロックへ – 時系列で辿るブルースの歴史

ブルース
この記事は、こんな方におすすめです
  • ブルースという音楽の全体像を、歴史の流れに沿って体系的に学びたい方
  • 好きなロックアーティストのルーツを探求し、その音楽をより深く理解したい方
  • これまで個別のブルースマンの記事を読み、その知識を一つの大きな物語として整理したい方
  • 20世紀アメリカのポピュラー音楽史そのものに興味がある方

Executive Summary:ブルース史 早見表

ジャンル / 時代主要アーティスト代表作 / 録音年
デルタ・ブルース (1920s-30s)チャーリー・パットン『Founder of the Delta Blues』 (1929-34)
サン・ハウスDEATH LETTER BLUES
スキップ・ジェイムス『The Complete 1931 Session』 (1931)
ロバート・ジョンソン『Complete Recordings』 (1936-37)
テキサス・ブルース (1940s-)Tボーン・ウォーカー「(They Call It) Stormy Monday」 (1947)
ライトニン・ホプキンス『The Gold Star Sessions』 (1940s後半)
シカゴ・ブルース (1950s-)マディ・ウォーターズ『The Anthology(2001)
ハウリン・ウルフ『Moanin’ in the Moonlight』 (1959)
モダン・ブルース (1960s-)B.B.キング『Live at the Regal』 (1965)
アルバート・キング『Born Under a Bad Sign』 (1967)
フレディ・キング『Let’s Hide Away and Dance Away』 (1961)
オーティス・ラッシュ『I Can’t Quit You Baby: The Cobra Sessions』(1956-58)
バディ・ガイ『A Man and the Blues』 (1968)
ブルース・ロック (1960s後半-)クリーム『Disraeli Gears』 (1967)
ジミ・ヘンドリックス『Are You Experienced』 (1967)

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Intro:魂の音楽を巡る旅へ

ブルース。
それは20世紀が生んだ最も重要で、最も魂の触れる音楽。
ロック、ソウル、ジャズ、R&B、ヒップホップ…
現代のポピュラー音楽の殆どがブルースの遺伝子を受け継いでいます。
しかしその歴史は一枚岩ではなく、時代のうねりの中で姿を変え進化し続けてきた、生きた物語なのです。

本記事ではブルースの誕生からロックへの発展まで、その壮大な進化の旅路を時系列とジャンルの変遷に沿って辿っていきます。
上の表に名を連ねる伝説の巨人たちを道標に、魂の音楽の源流へと共に旅を始めましょう。


【19世紀末~1920年代】:ブルース以前の音。そして「父」の誕生

ブルースはある日突然、泡沫のように沸いて顕れたわけではありません。
その源流はアフリカ大陸から奴隷としてアメリカに連れてこられた人々の記憶にまで遡ります。
彼らが過酷な労働の中で歌った「ワークソング」(※1)「フィールドハラー」(※2)、そしてキリスト教の信仰と結びついた「黒人霊歌(スピリチュアル)」(※3)。これらの音楽の中に、ブルースの魂の原型は眠っていのです。
※1ワークソング:アフリカ系アメリカ人が農作業や鉄道建設などの集団労働中に歌った歌。リズムに合わせて作業をそろえるためのもので、掛け合い(コール&レスポンス)や繰り返しが特徴
※2フィールドハラー:奴隷制時代やその後、一人で畑仕事をしながら叫ぶように歌った即興の声。
メロディは自由で、感情のこもった長い音やうめき声のような歌い方が特徴
※3 黒人霊歌:キリスト教の信仰と奴隷の現実が融合したアフリカ系アメリカ人の宗教歌。「自由」や「救い」といったテーマを象徴的な歌詞に込め、ブルースやゴスペルの精神的・歌唱法的な土台となった

20世紀に入りこれらの音楽の断片は、ミシシッピ・デルタの地で一つの明確な「型」へと結晶化していきます。
その中心にいたのが、「デルタ・ブルースの父」ことチャーリー・パットンです。
彼はギターを叩くように弾くパーカッシブな奏法、唸るようなしゃがれた歌声、そして日常を物語る歌詞というブルースの基本的な「設計図」を創造しました。
ブルースという物語はこの偉大な父の登場によって、その創世記を迎えることになります。


【1930年代】:デルタの深化。異端の天才たち

チャーリー・パットンが確立したブルースの「原型」。
その聖なる火を受け継ぎ、デルタ・ブルースの魂を最も激烈なかたちで燃え上がらせたのが、サン・ハウスです。

彼はパットンと共にステージに立ち、時にレコードを共に録音した同志であり、その音楽には、師とも呼べる存在から受け継いだ強靭なリズムと野太いドライブ感が息づいていました。しかし、サン・ハウスの表現はさらに個人的で切実で魂の告白そのものでした。金属的でパーカッシブなスライドギターはまるで魂に刻まれた傷跡を自らえぐるかのような痛みを帯びており、感情が臨界に達すると、そのヴォーカルは言葉を超えた呻き声へと変わる。聴く者の心を、否応なく揺さぶる。

牧師としての敬虔な信仰と、ブルースマンとしての自己表現。
その相克の中で引き裂かれた彼の音楽は、常に神と悪魔、罪と救済という対極のテーマのあいだで揺れ動いていました。この烈しい精神の振幅こそが、サン・ハウスのブルースの本質です。

そして、その凄絶なパフォーマンスに衝撃を受け後にデルタ・ブルース最大の伝説となっていく若者たちがいました。

一人は、ロバート・ジョンソン
彼は、若き日にサン・ハウスやウィリー・ブラウンの演奏を目の当たりにし、その激烈なスタイルを吸収したうえでさらに洗練されたギター技法と、悪魔的で内省的な詞世界を加えてブルースを究極の個人芸術へと昇華させました。「十字路で悪魔に魂を売った」という伝説とともに、彼はブルースを神話の領域へと引き上げました。

そしてもう一人、同じデルタの土壌から現れながら全く異なる光を放ったのが、
異端の天才スキップ・ジェイムスです。
もしサン・ハウスのブルースが魂の「激情」の爆発だとすればスキップ・ジェイムスの音楽は、魂の「静寂」の探求でした。マイナー・キー(※1)を多用した暗く幽玄な響き、技巧的なギター、そしてこの世のものとは思えないファルセット・ヴォイス(※2)。彼の音楽はパットンのような「動」のブルースとは対極にある、「静」のブルースでありデルタ・ブルースが持つ精神的な深淵を示しました。
※1マイナー・キー:通常の声より高い音域を出すために使う裏声の一種。スキップ・ジェイムスのように、繊細で幽玄な響きを生むのに使われることが多い。感情表現に幅を与える技法。
※2 ファルセット・ヴォイス:音楽の「暗い」印象を生む短調の音階。ブルースでは、悲しみや憂い内省的な感情を表現するのに使われる。メジャーキー(長調)よりも陰影がある。


【1940年代】:エレクトリック化の黎明。テキサスの洗練

ブルースの物語は次なる舞台、テキサスへと移ります。
ここでブルースの歴史を永遠に変える、決定的な革命が起こりました。
Tボーン・ウォーカーによる「エレクトリック・ギター」の導入です。

ジャズの影響を受けた彼は大音量のビッグバンドの中でも存在感を示すためギターを電気増幅し、滑らかで歌心のあるシングルノート・ソロ(※)を弾き始めました。
これによりギターは伴奏楽器から、バンドの主役へと躍り出たのです。
彼の都会的で洗練されたスタイルは、ライトニン・ホプキンスのような、より土着的で即興的なテキサス・ブルースと共にこの地のブルースの豊かさを形成しました。
※シングルノート・ソロ:ギターなどでコード(和音)ではなく1音ずつの旋律で弾くソロ演奏。Tボーン・ウォーカーなどが使った手法で歌うようなギターラインが特徴。ジャズやブルースで多用される。


【1950年代】:シカゴ黄金時代。二人の帝王

南部での人種差別の問題から逃げ、北部でより良い仕事と総合的により良い生活を求めるために移動した「グレート・マイグレーション」。
この人の流れと共に、ブルースの中心地はシカゴへと移ります。
そして、南部の田舎で生まれたアコースティック・ブルースは、この大都市の喧騒の中でパワフルなエレクトリック・バンドサウンドへと変貌を遂げました。

その革命の中心にいたのが、「シカゴ・ブルースの帝王」マディ・ウォーターズです。
彼はデルタ・ブルースの魂を、エレキギター、ハーモニカ、ピアノ、ベース、ドラムからなる強力なバンドアンサンブルへと移植しシカゴ・ブルースのサウンドを完成させました。

そしてそのマディの最大のライバルとして君臨したのがハウリン・ウルフです。
チャーリー・パットン直系のしゃがれた声と圧倒的なカリスマ性で彼はマディと並び、シカゴ・ブルースの黄金時代を築き上げました。


【1960年代前半】:モダン・ブルースの多様化。三大キングの君臨

1960年代に入るとブルースはさらに洗練され多様化していきます。
シカゴではオーティス・ラッシュバディ・ガイが、よりマイナー・キーでジャジーな「ウェスト・サイド・サウンド」を確立しブルースの表現に新たな深みを与えました。

そしてブルースギターは三人の偉大な「キング」の登場によって至美な領域にまで高められました。

  • B.B.キングは「歌うギター」で、ブルースに普遍的な感動をもたらした「魂の王」として、
  • アルバート・キングは、豪腕のチョーキングで聴き手をねじ伏せる「肉体の王」として、
  • フレディ・キングは、鋭利なギターでロックへの道を切り拓いた「神経の王」として、

彼ら「三大キング」はそれぞれ異なるアプローチでギターヒーローの時代の到来を告げました。


【1960年代後半以降】:ブルースの継承。ロックへの転生

60年代半ばアメリカのフォーク・リバイバル(※)や、イギリスの若者たちの間で、ブルースは「再発見」されます。
ローリング・ストーンズアニマルズといったバンドが、シカゴ・ブルースの曲をカバーしブルースは新たな聴衆を獲得しました。
※フォーク・リバイバル:1950〜60年代にアメリカで起きた伝統的な民謡(フォーク)やルーツ音楽の再評価運動。若者たちがブルースやカントリー、黒人霊歌などの原点を見つめ直しロックやブルースの再発見にもつながった。

そしてブルースの遺伝子はロックという新たな肉体を得て「転生」を遂げます。
イギリスではエリック・クラプトン率いるクリームが、ブルースを長尺の即興演奏と大音量のサウンドへと変貌させハードロックの扉を開きました。
アメリカではジミ・ヘンドリックスバディ・ガイらの影響をサイケデリックな感性で爆発させ、ギターの可能性を異次元へと解き放ちました。


まとめ

デルタの泥の中から生まれた一つの魂の叫びは、時代と場所を超え、アコースティックからエレクトリックへ、ソロからバンドへと、その姿をダイナミックに変えながら、壮大な旅を続けてきました。

ブルースの進化の物語は決して過去の歴史ではありません。
それは、ロック、ソウル、ジャズ、ヒップホップといった、我々が今聴いているすべての音楽の中に、現在進行形で脈々と生き続けている魂の叙事詩なのです。

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