【ブルース深掘り】三大キングだけじゃない。真の革新者ハウリン・ウルフ – その野性と知性が音楽史に刻んだもの

ブルース

ブルースの巨人といえば、B.B.キング、アルバート・キング、フレディ・キングの「三大キング」がまず思い浮かぶかもしれません。彼らがブルースを洗練させ、多くの聴衆に届けた功績は計り知れません。しかし、彼ら「三大キング」と並び称され、いや、ある意味では彼ら以上に強烈な個性を放ち、ブルースの原始的な力と革新性を体現した存在がいます。それが、「ハウリン・ウルフ(Howlin’ Wolf)」ことチェスター・アーサー・バーネットです。

その名の通り、狼の咆哮を思わせる唯一無二の歌声と、ステージを丸ごと飲み込むかのような圧倒的なプレゼンス。しかし、その荒々しいイメージの裏には、計算された音楽性と鋭いビジネスセンス、そして人間的な深みが隠されていました。この記事では、モダンブルースの真の革新者、ハウリン・ウルフの魅力とその音楽がブルース史、さらにはロック史に刻んだ巨大な足跡について、深く掘り下げていきます。

ハウリン・ウルフとは何者か?その規格外のプロフィール

ハウリン・ウルフ、本名チェスター・アーサー・バーネットは、1910年、ミシシッピ州ホワイトステーションに生を受けました。彼が幼少期を過ごしたミシシッピ・デルタは、ブルースという音楽が生まれたまさにその土壌です。

  • 壮絶な生い立ちと音楽への目覚め:ミシシッピ・デルタの土壌
    幼くして両親に捨てられ、過酷な少年時代を送ったと言われています。そんな彼にとって、音楽は生きるための術であり、魂の叫びそのものでした。伝説的なブルースマン、チャーリー・パットンから直接ギターとショーマンシップを学び、サニー・ボーイ・ウィリアムソンII世からはハーモニカの手ほどきを受けたとされています。デルタの泥濘の中で、彼の音楽の根は深く、そして強靭に育まれていったのです。
  • 「狼の咆哮」と称される唯一無二の歌声の秘密
    ウルフの最大の武器は、その声。低く、太く、しゃがれ、そして時に獣のような咆哮を上げるその声は、他の誰とも比較しようがありません。それは単に大きな声というだけでなく、喜怒哀楽、人生の機微、そしてブルースの魂そのものを内包しているかのようです。彼の歌声を聴けば、ブルースが単なる音楽形式ではなく、生き様そのものであることが直感的に理解できるでしょう。
  • 巨漢とカリスマ性:ステージを支配する圧倒的な存在感
    身長191cm、体重130kgを超える巨漢であったウルフは、ステージに立つだけで観客を圧倒しました。目を剥き、汗を飛び散らせながら歌うその姿は、まさに「ハウリン・ウルフ(吠える狼)」。しかし、それは単なる野蛮なパフォーマンスではなく、聴衆を音楽の世界に引き込むための計算されたショーマンシップでもありました。

野性と知性のハイブリッド:ハウリン・ウルフの音楽的特徴

ハウリン・ウルフの音楽は、しばしば「野性的」「原始的」と評されます。しかし、その奥には非常にクレバーな音楽性と、バンドを率いるリーダーとしての知性が隠されています。

  • ワンコードが生み出す強烈なグルーヴ:「Spoonful」「Smokestack Lightnin’」の衝撃

    彼の代表曲の多くは、非常にシンプルなコード進行、時にはワンコード(単一のコード)を基調としています。しかし、その反復が生み出すグルーヴは、催眠術のように聴く者の意識を揺さぶり、原始的な興奮へと引き込みます。
    筆者のひそやかな感想: ウルフの音楽を聴いていると、まるで巨大なエンジンの鼓動を間近で感じているような感覚に陥る。リフは地を這うように重く、リズムは容赦なく身体を揺さぶる。それは洗練とは無縁かもしれないが、生命の根源的なエネルギーに満ち溢れている。彼のワンコードの曲は、複雑な構造を排した分だけ、ブルースの本質的な「フィーリング」が剥き出しになっているかのようだ。
  • ウィリー・ディクソンの名曲との化学反応
    チェス・レコード時代には、名ソングライターでありプロデューサーでもあったウィリー・ディクソンとの出会いが大きな転機となります。「Spoonful」「Little Red Rooster」「Back Door Man」「Wang Dang Doodle」など、ディクソンが提供した楽曲は、ウルフの強烈な個性と融合し、ブルースのスタンダードナンバーとして数多く残りました。ディクソンの洗練されたソングライティングと、ウルフの土着的な表現力が見事に化学反応を起こしたのです。

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  • ヒューバート・サムリンら名ギタリストとの関係性:バンドリーダーとしての一面 |
    ウルフのバンドには、常に個性的なギタリストが在籍していました。特に有名なのが、ヒューバート・サムリンです。サムリンの鋭く、時に神経質なギターフレーズは、ウルフのヘヴィなヴォーカルと絶妙なコントラストを生み出し、その音楽に深みと緊張感を与えました。ウルフはサムリンの才能を高く評価し、長年にわたり彼をバンドの重要な柱として起用し続けました。これは、ウルフが単なるパフォーマーではなく、優れたバンドリーダーであったことを示しています。
  • 意外なビジネスセンスと自己プロデュース能力
    若い頃から農作業などで自活し、音楽で生計を立てるようになってからも、彼は金銭管理に厳しく、バンドメンバーへの支払いもきちんとしていたと言われています。また、読み書きができなかった彼は、妻に頼んでそれを学び、契約書の内容も理解しようと努めたといいます。このような堅実さと自己管理能力は、破天荒なイメージとは裏腹な、彼の「知性」の一面を物語っています。

三大キングとの比較:ウルフならではの魅力とは?

B.B.キング、アルバート・キング、フレディ・キングは、それぞれ洗練されたテクニックや都会的なセンスでブルースを新たなステージへと導きました。では、ハウリン・ウルフの魅力は、彼らと比較してどこにあるのでしょうか。

  • B.B.キングの洗練、アルバート・キングの泣き、フレディ・キングのロック的アプローチ
    B.B.キングは流麗なギターソロと甘い歌声で「キング・オブ・ブルース」の地位を確立しました。アルバート・キングは豪快なチョーキングとファンキーなリズムで独自のスタイルを築きました。フレディ・キングはインストゥルメンタルでもヒットを飛ばし、ロックに近いフィーリングを持っていました。
  • ウルフの音楽が持つ「危険な香り」と「RAW(生)な魅力」
    これに対し、ウルフの音楽はどこまでも「生々しく」、時に「危険な香り」すら漂わせます。彼のブルースは、綺麗に整えられた庭園ではなく、手つかずの原生林のようなものです。
    筆者のひそやかな感想: 三大キングが磨き上げられた宝石だとすれば、ハウリン・ウルフは地中から掘り出されたばかりの、泥と熱を帯びた原石だ。彼の歌声には、人間の喜怒哀楽だけでなく、もっと根源的な、説明のつかない何かが宿っている。それは理性で理解するものではなく、全身で感じ取るものなのだ。

ロックへの影響:ウルフのDNAを受け継いだ者たち

ハウリン・ウルフの音楽は、ブルースの枠を超え、後のロックミュージシャンたちに計り知れない影響を与えました。

  • ローリング・ストーンズ、ヤードバーズなど英国勢によるカバー
    1960年代、英国の若きミュージシャンたちは、アメリカのブルースに強い憧れを抱いていました。ローリング・ストーンズは「Little Red Rooster」をカバーして全英1位を獲得し、ヤードバーズも「Smokestack Lightnin’」などをレパートリーにしていました。彼らはウルフの音楽の持つ初期衝動と反抗的なスピリットに共鳴したのです。

Little Red Rooster Amazon(ハウリン・ウルフ) | Apple Music
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  • ドアーズ、キャプテン・ビーフハート、トム・ウェイツなど異端のロッカーたちへの影響
    ウルフの音楽の持つプリミティブなエネルギーや演劇的なパフォーマンスは、よりアヴァンギャルドで個性的なロックアーティストたちにも影響を与えました。ドアーズのジム・モリソンは、そのステージングにおいてウルフからの影響を公言していますし、キャプテン・ビーフハートやトム・ウェイツといった特異な声を持つアーティストたちの音楽の奥底にも、ウルフの魂が息づいているのを感じ取ることができます。
  • なぜ彼はジャンルを超えてアーティストを魅了するのか?
    それは、彼の音楽が小手先のテクニックや流行とは無縁の、人間の根源的な部分に訴えかける力を持っているからでしょう。彼の歌は、喜びも悲しみも、怒りも絶望も、すべてを包み隠さず吐き出す。その正直さと力強さが、時代やジャンルを超えて聴く者の心を捉えるのです。

まとめ:ブルースの深淵を覗く鍵

ハウリン・ウルフの音楽は、決して安易な癒しや慰めを与えてくれるものではないかもしれません。しかし、その代わり、生きることの厳しさや、人間のどうしようもない業、そしてそれでもなお燃え続ける生命の炎のようなものを、強烈に感じさせてくれます。

三大キングがブルースの「光」の部分を照らし出したとすれば、ハウリン・ウルフはブルースの「影」や「深淵」を私たちに見せてくれる存在と言えるかもしれません。その野性的な魅力と、それを支える確かな知性。この二つの要素が奇跡的なバランスで融合した時、ハウリン・ウルフという唯一無二のブルースマンが誕生したのです。

彼の音楽に触れることは、ブルースという音楽が持つ、底知れない深さと広がりを再認識させてくれます。もしあなたが、まだハウリン・ウルフの咆哮を体験したことがないのなら、ぜひその扉を開いてみてください。そこには、あなたの音楽観を揺るがすほどの、強烈な体験が待っているはずです。

FAQ

Q. ハウリン・ウルフの音楽は初めてですが、どのアルバムから聴くのがおすすめですか?
A. まずは、チェス・レコード時代の代表曲を集めたコンピレーションアルバムから聴き始めるのが良いでしょう。『Moanin’ in the Moonlight』(1959年)やセルフタイトルの『Howlin’ Wolf (The Rockin’ Chair Album)』(1962年)などが有名です。これらのアルバムには、「Smokestack Lightnin’」「Spoonful」「Little Red Rooster」といった彼の代表曲が多数収録されています。

Moanin’ in the Moonlight Amazon | Apple Music
Howlin’Wolf (The Rockin’ Chair Album) | Apple Music

Q. ハウリン・ウルフのブルースは、他のブルースマンと比べてどういった点が特徴的ですか?
A. 最も大きな特徴は、やはりその圧倒的な声と、ワンコードなどを基調とした原始的で力強いグルーヴです。また、ヒューバート・サムリンをはじめとするギタリストとのスリリングなインタープレイも聴きどころです。彼のブルースは、洗練された技巧よりも、感情の直接的な表現や、聴く者の本能に訴えかけるようなパワーに満ちています。

Q. ロックファンなのですが、ハウリン・ウルフのどこに注目して聴けば楽しめますか?
A. 彼の楽曲がいかに多くのロックバンドにカバーされ、影響を与えてきたかを知ると、より興味深く聴けると思います。また、彼のヴォーカルスタイルやステージパフォーマンスは、後の多くのロックシンガーの原型の一つとも言えます。ブルースという枠を超えて、ロックンロールの持つ初期衝動や反抗的なスピリットの源流を感じ取ってみてください。

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