なぜジョン・リー・フッカーの「ブギー」は永遠にクールなのか?

ブルース

ブルースには数多の王がいます。B.B.キングマディ・ウォーターズハウリン・ウルフ。それぞれが自らの王国を築き、玉座に君臨しました。しかし、「ブギーの王」はただ一人、ジョン・リー・フッカーだと言えます

彼の音楽には、凡そ派手なコード進行もお決まりの構成もありません。ただ、大地を踏みしめるように刻まれる不変のリズムと、無限に反復されるかのようなギターリフがあるだけです。一聴すれば、あまりにミニマルで、単調にすら聴こえるかもしれません。

しかし、なぜこの音楽が、これほどまでに我々の身体と魂を揺さぶり、超越的であり続けるのでしょうか?この記事では、ジョン・リー・フッカーの「ブギー」に宿る、原始的で力強い哲学を探求します。


ブギーとは何か?足踏みから生まれる根源的なリズム

ジョン・リー・フッカーを語る上で、まず理解すべきは「ブギー」の本質です。それは単なる音楽ジャンルやリズムパターンを指す言葉ではありません。彼のブギーは音楽である前に、まず「身体」なのです。

彼はしばしば、ギターを弾きながら片足で力強く床を踏み鳴らし、リズムの土台を自ら作り出しました。その足音こそが、彼の音楽の心臓部であり、すべてのグルーヴの源泉となります。それは複雑なドラムパターンよりも確実で、人間の鼓動に近い根源的なリズムです。この揺るぎないパルスの上に、彼は言葉とギターリフを乗せていく。すべては、この一つの確かなリズムに従属します。


「ワンコードの美学」:理論からの解放と、グルーヴへの集中

ジョン・リー・フッカーの音楽を特徴づけるもう一つの要素が、「ワンコード」です。ブルースの多くは3つのコードを基本とした12小節の定型に沿って演奏されますが、フッカーはしばしば、その「お約束」を完全に無視し、たった一つのコードの上で延々と演奏を続けました。

これは、彼が音楽理論を知らなかったからではなく、むしろ彼は、コード進行という「物語」や「起承転結」から自由になることで、音楽の最も純粋な要素、つまり「グルーヴ」そのものへ没入する道を選びました。

物語から解放された彼の音楽は、始まりも終わりもない、永遠に続く「現在」となります。聴く者は、次に何が起こるかを予測する必要がありません。ただ、今ここにあるリズムの波に身を委ねればいい。それこそが、彼の音楽が持つ解放感の正体なのです。


催眠術としてのブルース:反復が生み出すトランス状態

ワンコードの上で、同じようなギターリフが執拗に繰り返される。その音楽は、時に催眠術のような効果を生み出します。

反復は、我々の日常的な時間感覚を麻痺させる力を持ちます。次に何が来るかという期待や不安から解放された意識は、やがてリズムそのものと一体化していきます。それは、一種のトランス状態であり、この境地に至った時、聴き手はもはや音楽の「傍観者」ではなく、グルーヴを構成する「当事者」となります。

筆者のひそやかな感想
彼の音楽は、聴く者を思考停止させる。しかしそれは、思考の放棄という怠惰ではなく、むしろ日常的な理性が支配する領域から、より深い感覚の次元へと移行するための、極めてストイックな精神的訓練に近い。反復されるリフとリズムの波に身を任せていると、世界の輪郭が溶け出し、自己と音楽、ひいては事物との境界線が曖昧になっていく。これはもはや音楽鑑賞ではなく、自らの精神へと沈潜するための、孤独な儀式である。


まずはこの3曲から!ジョン・リー・フッカー入門

彼の広大な音楽世界への扉を開けるには、どの曲から聴けばいいのでしょうか?
ここでは、その孤高の魅力を体感できる入門に最適な3曲をご紹介します。

1. Boogie Chillen’ (ブギー・チレン)

彼のキャリアを決定づけた、1948年のデビュー曲。ジョン・リー・フッカーの哲学は、この一曲に凝縮されていると言っても過言ではありません。バックバンドはいません。あるのは、彼のギターと、ヴォーカルと、そして大地を打つ足音のリズムだけです。このミニマルな構成の中に、欣喜する仄日と鷹揚な青畳、そして啼泣する沃野が広がっているのです。

筆者のひそやかな感想
ギター、声、足音。すべてが彼自身の肉体から発せられ、彼の中で完結している。これは共同体への讃歌ではなく、孤高の魂が自らの存在を確かめ歩むための行為だ。ただ一人、自らのリズムを刻んでいる。なんと強靭で、涕泣すべき美しい光景だろうか。

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2. Boom Boom (ブーム・ブーム)

ジョン・リー・フッカーの曲で最も有名で、最もロックンロールに近い一曲。
1962年にリリースされ、アニマルズをはじめとする数多のバンドにカバーされた、まさにロックの聖典です。一聴すれば誰もが身体を動かさずにはいられない、シンプルで強力なギターリフ。それはブルースの枠を超え、60年代の若者たちの初期衝動と完璧にシンクロしました。彼の音楽が持つ、暴力的でセクシュアルな側面を知るには最適な一曲。

筆者のひそやかな感想
「Boom Boom」のリフは、もはや肉体言語だ。思考よりも速く、脊髄に直接響く、問答無用の即効性。このリフを弾くことは、言葉を交わすことよりも雄弁に、自らの存在と欲望を相手に叩きつける行為だ。たった数秒のフレーズに、これほどの意志と衝動を込められるだろうか。これは、言語以前のコミュニケーションであり、時に危うさを感じさせる肉体性の発露である。

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3. One Bourbon, One Scotch, One Beer (ワン・バーボン、ワン・スコッチ、ワン・ビア)

Rudy Toombsが書いたブルースの曲です。
彼のもう一つの魅力である「語り部」としての側面が堪能できる名演。家賃を滞納し、バーで酒を呷りながら時間を潰す男の、どうしようもない物語を、彼は語りかけます。ユーモアとペーソスが入り混じったその語り口は、まるで寂れたバーのカウンターで、隣に座った見知らぬ男の身の上話を聞いているかのようです。彼の音楽が持つ、人間臭い哀愁に触れることができます。

筆者のひそやかな感想
この曲の主人公は、決して格好良い男ではない。むしろ、惨めで、滑稽ですらある。しかし、ジョン・リー・フッカーの語り口には、そんな男への奇妙な共感と、突き放したような客観性が同居している。この距離感こそが、この曲に深幽さを与えている。都会の荒野で、男は一人で酒を飲む。それは、我々が日常の片隅で感じている、名もなき孤独の風景そのものではないか。

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まとめ:削ぎ落とされた、音楽の硬質な核

ジョン・リー・フッカーのブギーは、なぜ永遠にクールなのか。

それは、彼が音楽から余計なものをすべて削ぎ落とし、その中心にある最も硬質で、最も純粋な核――すなわち「リズム」と「グルーヴ」――を、剥き出しのまま我々の前に提示したからです

彼の音楽は、他者に媚びず、世界を自らのリズムに引きずり込みます。その孤高で、ストイックで揺るぎないスタイルこそが、時代や流行を超えて輝き続ける理由なのです。

彼の音楽は、身体で感じ、魂で対峙するものです。さあ、是非あなたもレコードに針を落として、彼の刻む不変のリズムに全てを委ねてみてください。


FAQ|よくある質問

Q1. ジョン・リー・フッカーのブギーを体験するのにおすすめのアルバムは何ですか?

A. まずは、Vee-Jayレコード時代の代表曲を集めた『The Very Best of John Lee Hooker』が最適です。「Boogie Chillen’」「Boom Boom」「Dimples」といった必聴曲が網羅されています。彼のキャリア後期の作品に興味があれば、多くのスターと共演した『The Healer』(1989年)も素晴らしいアルバムです。

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Q2. 「ブギー」と「ブギウギ」はどう違うのですか?

A. 「ブギウギ」は、主にピアノで演奏される、8ビートの躍動的なリズムパターンを指すことが多いです。一方、ジョン・リー・フッカーの「ブギー」は、よりギター中心で、コード進行に縛られない、反復的で催眠的なグルーヴを指す言葉として使われます。彼のスタイルは、一般的なブギウギとは一線を画す、彼独自のものと言えます。

Q3. なぜ彼の曲はコード進行がほとんどないのですか?

A. それは、彼が音楽において最も重視したのが、メロディやハーモニーの変化よりも、リズムとグルーヴの持続だったからです。コード進行という「制約」を取り払うことで、彼はより自由に、そしてより深く、リズムの探求に没頭することができました。

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