ブルース”三大キング”vol.1:なぜB.B.キングのギターは「歌う」のか? – 愛器ルシールと“キングス・トーン”

ブルース

B.B.キングのギターに耳を浸した者は、おそらく皆、ほの白い幻を見たような心地に陥るだろう。あれは、ただの音ではない。哀しみに湿った声が、弦の間から滲み出てくるのだ。ギターが歌っている――そう言わずにはいられぬほどに、あの音は情緒の形をしていた。

-カヌカ-

彼は決して速弾きをせず、音数もそれほどに多くないです。しかし、彼が爪弾くその一音一音には、人間の声と同じくらいの、いや、時にはそれ以上の情感が込められています。

なぜ彼のギターはこれほどまでに雄弁なのでしょうか? なぜ私たちは、彼のギターに涙し、心を揺さぶられるのでしょうか?

この記事では、「キング・オブ・ザ・ブルース」B.B.キングが、その生涯をかけて築き上げたギター奏法と、愛器「ルシール」と共に紡いだ魂の対話の秘密に、具体的な事実を交えながら迫っていきます。


ルシールとB.B.キング:火事の中から生まれた魂のパートナー

B.B.キングのギターを語る上で欠かせないのが、彼が自らのギターに与えた愛称「ルシール(Lucille)」の存在です。

この有名な物語が生まれたのは1949年、彼がアーカンソー州トゥイストのダンスホールで演奏していた夜のこと。

フロアで二人の男が「ルシール」という名の女性を巡って喧嘩を始め、そのはずみで灯油ストーブを倒し、建物は一瞬にして炎に包まれました。B.B.は命からがら屋外へ避難しましたが、愛用のギター(当時使っていた安価なギブソンL-30だったと言われる)を置き忘れたことに気づき、崩れ落ちる建物の危険を顧みず炎の中へ再び飛び込み、ギターを救い出しました。

翌日、喧嘩の原因となった女性の名前が「ルシール」であったことを知った彼は、二度と女性をめぐって諍いを起こさないように自戒の念を込め、そのギター、そして生涯手にするすべてのギターを「ルシール」と名付けました。


「一音で泣かせる」技術:チョーキングとヴィブラートの魔法

B.B.キングのギター奏法の核心は、その表現力豊かなチョーキング(ベンディング)とヴィブラートにあると言えます。これは、彼がスライドギターの名手であった従兄弟のブッカ・ホワイトから影響を受け、スライドバーを使わずに指でその効果を再現しようとしたことから生まれた、彼独自のスタイルです。

彼は弦を正確な音程まで押し上げる(チョーキングする)ことで音程を自在に操り、まるで人間の声が裏返るような、感情的なニュアンスを生み出しました。

さらに、その伸ばした音を、人差し指をネックに固定し蝶が羽ばたくように左手を繊細に揺らす(ヴィブラートをかける)ことで、音に生命感と深い余韻を与えました。

多くのギタリストが音数で圧倒しようとする中、彼は一音の中で肥沃な大地、広漠な御空、人々の喜悦と悲哀を表現することを選びました。


「間」の美学:弾かないことの重要性

B.B.キングのギターソロを聴いて、もう一つ気づくのは「間」の絶妙さです。

彼は決して音符でフレーズを埋め尽くさず、むしろ、音と音の間の静寂を巧みに使い、聴き手の感情を揺さぶります。

筆者のひそやかな感想:
彼のギターソロは、沈黙と発話が巧みに交わされる含蓄のある詩に近い。音と音の間の静寂にこそ、聴き手の感情の入り込む余地が生み、生命の奔流をうむのだ。彼は、弾かないことで多くを語る術を知っていた。その「間」は、次に来る一音がどれほど重要であるかを予告する、劇的な静寂なのだ。


歌とギターのコール&レスポンス:孤独な魂の自己対話

B.B.キングの音楽における最も特徴的なスタイルが、自らの歌とギターによる「コール&レスポンス(呼びかけと応答)」です。

彼がワンフレーズ歌うと、それに呼応するようにギター「ルシール」がもう一つの声で応える。このスタイルは、彼がギターを弾きながら同時に歌うことが得意ではなかったという物理的な理由から生まれたとも言われていますが、アフリカ系アメリカ人音楽の源流である、教会のゴスペルにおける牧師と会衆の掛け合いや、農園でのフィールドハラー(労働歌)の伝統に根差しているという説もあります。

彼はその伝統的な対話形式を、自らの内面で完結させました。ルシールとの対話は、彼の孤独な魂が行う自己との対話であり、内なる感情を客観的に見つめ昇華させるための、彼だけの儀式だったのかもしれません。


まずはこの3曲から!B.B.キングの「歌うギター」入門

彼の「歌うギター」の神髄に触れるには、どの曲から聴けばいいのでしょうか。
ここでは、ギターが主役と言っても過言ではない、入門に最適な3曲を紹介します。

1. The Thrill Is Gone (スリル・イズ・ゴーン)

1969年にリリースされ、翌年グラミー賞を受賞。
B.B.キングに最大の商業的成功をもたらした、彼の代名詞的ナンバーです。
元々は1951年にロイ・ホーキンスが発表した曲ですが、B.B.はマイナーキーのブルースへと大胆にアレンジし直し、当時としては画期的なストリングス(※)を加えました。この曲の主役は、B.B.のヴォーカルと、そして何より「ルシール」のむせび泣くようなギターです。曲の冒頭から鳴り響く、あの有名なギターフレーズ。そこには、失われた恋への諦念、悲しみ、そして一抹の未練といった、言葉にならない全ての感情が込められているように思えます。
※主にヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスといった弦楽器、またはそれらで構成される演奏グループ

筆者のひそやかな感想: ストリングスが豪華であればあるほど、その中央で奏でられるギターの一音一音の孤独が際立つ。これほどまでに、ブルースの持つ「気高さ」と「哀愁」を同時に体現したギターソロを、私は他に知らない。

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2. How Blue Can You Get? (ハウ・ブルー・キャン・ユー・ゲット?)

ライブでのハイライトとして、長年にわたり演奏されてきたショーナンバー。
元は1940年代のジョニー・ムーアズ・スリー・ブレイザーズの楽曲。
特に名盤『Live at the Regal』での演奏は圧巻で、静かに怒りを溜め込み、やがて爆発させるドラマティックな展開の中で、ルシールは囁き、叫び、そして嘆きます。

筆者のひそやかな感想:
この曲のギターは、優れた役者のようだ。歌詞の展開に合わせて、その表情をクルクルと変える。囁くような弱音から、天を突き刺すような強音まで、そのダイナミクスの幅広さは驚異的だ。彼はギターで物語を語り、聴衆の感情を完全にコントロールしている。これは、ブルースの様式美とエンターテインメントが見事に融合した、舞台劇である。

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3. Sweet Little Angel (スウィート・リトル・エンジェル)

スロー・ブルースの真骨頂であり、B.B.キングがキャリアの初期から演奏し続けてきた重要なレパートリー。ゆったりとしたテンポの中で、彼の一音の重みと、「間」の美学を心ゆくまで堪能できます。
愛しい女性を「可愛い天使」と呼びかけながら、その裏にある男の欲望を生々しく歌います。その歌に応えるルシールの音色は、甘く、官能的で、そしてどこか危険な香りを漂わせます。数多くのバージョンが存在しますが、やはり『Live at the Regal』での観客との一体感は格別です。

筆者のひそやかな感想:
この曲を聴いていると、一音の価値について考えさせられる。情報過多の現代において、我々はあまりに多くの音を無造作に浴びすぎているのではないか。B.B.キングは、たった一つの音を慈しむように弾き、その音に最大限の情報を込める。そのストイックなまでの音選びの姿勢は、音楽家だけでなく、言葉を扱う全ての人間が学ぶべき美学だろう。

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まとめ:言葉を超えた、魂の言語

B.B.キングは、ギターという道具に自らの魂を憑依させ、「歌わせる」ことに成功した稀代の表現者です。

彼がルシールと共に紡ぎ出す音楽は、ブルースというジャンルや、ギターという楽器の枠を遥かに超越して、喜び、悲しみ、怒り、愛といった、人間が持つあらゆる感情を表現し得る、もう一つの普遍的な「言語」だと言えるでしょう。


FAQ|よくある質問

Q1. B.B.キングの音楽を聴くのにおすすめのアルバムは何ですか?

A. まずは、彼のキャリアを網羅したベスト盤『The Best of B.B. King』から聴くのがおすすめです。
彼のギターの真髄に触れたいなら、1964年に録音され、ブルースライブ盤の金字塔とされる『Live at the Regal』は必聴です。このアルバムはローリング・ストーン誌の「史上最高のアルバム500枚」にも選出されています。最大のヒット曲「The Thrill Is Gone」が収録されている『Completely Well』も外せません。また、より初期の味わいを楽しみたい方には、重厚なアレンジとともにブルースの原色が滲む『The Jungle』も一聴の価値があります。

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