デルタ・ブルースの「静」と「動」:スキップ・ジェイムス vs チャーリー・パットン

ブルース
この記事は、こんな方におすすめです
  • ポップスの歴史を知りたい方
  • ロックの源流を知りたい方
  • ブルースをこれから探求していきたい初心者
  • ブルースをより深く立体的に知りたい方
  • スキップ・ジェイムスを知りたい方
  • チャーリー・パットンを知りたい方
  • 音楽を言葉や物語と共に深く味わう体験が好きな方

Intro:同じ大地、対極の魂

ブルースの源泉、ミシシッピ・デルタ。
その豊穣な、しかし過酷な大地は数多の伝説的な音楽家を育んできました。
その中でも黎明期においてブルースの方向性を決定づけた二人の巨人がいます。
「デルタ・ブルースの父」チャーリー・パットンと、孤高の天才スキップ・ジェイムスです。

彼らは同じデルタの土を踏み同じ時代の空気を吸いながら、まるでコインの裏表のように対極的な音楽を生み出しました。
一方は、生命力に満ち溢れた「動」のブルース。
もう一方は、死の影さえ漂う内省的な「静」のブルース。

この記事では、この二人の天才を徹底的に比較することで、デルタ・ブルースという音楽が内包する驚くべき多様性とその魂の表現の奥行きに迫っていきます。


【動】チャーリー・パットン:肉体のブルース

我々が前回の記事で探求したチャーリー・パットンは、まぎれもなく「動」のブルースマンです。
彼の音楽は、外へ共同体へと向かって開かれています。

  • リズムとダンス:
    彼のギターは弦を弾くだけでなく、ボディを叩きリズムそのものを生み出す打楽器でもありました。その音楽は、人々を踊らせるための祝祭的なエネルギーに満ちています。
  • 力強い声と生命力:
    しゃがれた唸るような声は、生きることの力強さ、その喜びも苦しみも丸ごと肯定する生命力そのものの咆哮です。
  • 共同体のための音楽:
    彼の活動の場は人々が集うジューク・ジョイントやピクニックでした。
    彼のブルースは個人の内面を吐露するだけでなく、コミュニティ全体を楽しませ時に歴史を紡ぐための公共的な役割を担っていました。

パットンのブルースは汗と土の匂いがする、どこまでもフィジカル(肉体的)な音楽なのです。


【静】スキップ・ジェイムス:精神のブルース

一方、スキップ・ジェイムスが創造したのはパットンとは正反対の「静」のブルースです。
彼の音楽は外ではなく、ひたすらに自らの内面へ精神の深淵へと向かっていきます。

  • 内省と孤独:
    彼の音楽はダンスのためではありません。
    それは一人静かに耳を傾け自らの魂と対峙するための音楽です。
    そこには、深い内省と、他者を寄せ付けない孤高の気配が漂います。
  • 繊細な声と死の影:
    この世のものとは思えない幽玄なファルセット・ヴォイス(※)は、生命力を歌うのではなくむしろ死の影や、この世ならざるものとの交感を歌っているかのようです。
    ※ファルセット:歌唱時に地声よりも高い音域を出すための発声テクニックの一つ
  • 個人のための音楽:
    彼のブルースは共同体のためではなく、徹底して「個」のための音楽と言えます。
    その難解で個人的な世界観は聴く者を選びます。
    しかし一度その世界に足を踏み入れた者はその魔術的な魅力から逃れることはできません。

ジェイムスのブルースは、人間の精神の最も暗く深い場所を探求する、どこまでもスピリチュアル(精神的)な音楽なのです。


ギター奏法の比較:大地を叩く指 vs 蜘蛛の糸を紡ぐ指

二人の違いはそのギター奏法に最も顕著に表れています。
チャーリー・パットンはギターをまるで打楽器のように扱います。力強いストロークでリズムを刻みギターのボディを叩いてアクセントをつける。彼の指はデルタの大地そのものを叩き、共同体を揺り動かすための力強いビートを生み出します。

対してスキップ・ジェイムスの指は蜘蛛が糸を紡ぐかのように繊細で緻密。
彼は特殊なチューニングを好み、アルペジオ(※)を多用した技巧的なフィンガーピッキングで複雑で美しい音の織物を編み上げていきます。彼の指は聴き手の魂をそっと絡めとるための、魔術的な旋律を生み出します。
※アルペジオ:和音を構成する音を順番に演奏する奏法。ハープのように和音を構成する音をバラバラに弾くことから「分散和音」とも呼ばれます。


声の比較:生命の咆哮 vs 魂の囁き

声もまた対極にあります。
パットンの声はラフでしゃがれ野太いです。酒場の喧騒にも嵐の音にも負けない、生命の「咆哮」そのものです。彼の声は聴き手の身体の芯に直接響き、生命のエネルギーを注入します。

一方、スキップ・ジェイムスの声は、高く、細く、幽霊のようなファルセット・ヴォイス(※)です。
それは感情の爆発ではなく、感情が燃え尽きた後に残る青白い燐光のようです。
彼の声は人間の耳というよりは魂に直接囁きかけます。
そのこの世のものならぬ響きは、聴き手に言いようのない戦慄と甘美な陶酔をもたらします。
※ファルセット:歌唱時に地声よりも高い音域を出すための発声テクニックの一つ


おすすめの4曲:二つの魂の音色を聴き比べる

デルタ・ブルースが生んだ二つの対極的な魂。
その音色を、具体的な楽曲で聴き比べてみましょう。

チャーリー・パットンのおすすめ2選

1. Pony Blues (ポニー・ブルース)

デルタ・ブルースの「国歌」とも言うべきパットンの代表曲。
馬に乗り、愛しい女の元へ向かう男の姿を歌ったこの曲には彼のスタイルのすべてが詰まっています。
躍動するパーカッシブなギターのリズム、自信に満ちたしゃがれ声、そして鮮やかな情景描写。
これぞ、デルタ・ブルースの原点にして頂点である。

筆者のひそやかな感想:
その音は、乾いている。
夏の午後の乾いた土を馬の蹄が蹴り上げる音のようだ。
男の歌声は決して感傷に流れぬ。
むしろ、そのからりとした響きの奥に拭い去れぬ孤独の影がふとよぎる。
それは、自由という名の束の間の幻であったのかもしれない。

2. High Water Everywhere, Part 1 (ハイ・ウォーター・エヴリウェア パート1)

1927年にミシシッピ川流域を襲った、アメリカ史上最悪の自然災害「ミシシッピ大洪水」の惨状を生々しくレポートした歴史的ドキュメント。
堤防の決壊を思わせるような激しいギターから、彼の表現者としての凄みが伝わってきます。
「主よ、私はどこへ逃げればいいのか」と繰り返す彼の声は、一個人の嘆きを超え時代全体の不安そのものとして響きます。

筆者のひそやかな感想:
水が音もなく昇る。
空を映す冷たい鏡のように。
男の声は、その水面にたゆたう小さな舟にすぎない。
けれど、その舟は沈まない。
ただ、そこにある現実を、濁さず、誇張せず、淡々と語り継ぐ。
悲しみの渦中にありながら、人はかくも静かに、美しく記録者たり得るのだろうか。

スキップ・ジェイムスのおすすめ2選

1. Devil Got My Woman (デビル・ゴット・マイ・ウーマン)

彼の最高傑作にしてブルース史上最も異様にして美しい曲の一つ。
オープンEマイナー・チューニングで奏でられるアルペジオの調べ。
そして絶望の淵から響いてくるかのようなファルセット・ヴォイス。
ブルースが到達し得た深い精神性がここにあります。

筆者のひそやかな感想:
その声は真冬の夜、湖にうすく張った氷の上を渡る風のようであった。
かすかに震えるギターの音は、その氷の面にひっそりと刻まれたひとすじの傷跡のように美しかった。
男は悪魔に女を奪われたと嘆く。
だが、その嘆きがあまりに澄みわたっていたので、私はふと思ったのである――
本当にそれを奪ったのは悪魔であったのか。
あるいは、美という名の別のなにものかではなかったか、と。

2. I’m So Glad (アイム・ソー・グラッド)

スーパーグループ「クリーム」がカバーしたことで有名なアップテンポなナンバー。
一聴すると陽気ですが、その裏には彼の技巧的でどこか神経質なギタープレイが隠されています。
彼のブルースが決して暗いだけではないことを示す重要な一曲です。

筆者のひそやかな感想:
「うれしい」と、男は歌った。
けれど、そのギターの響きは夏の炎にひきよせられる虫の、狂おしく羽ばたく音に似ていた。
それは歓喜ではなく、むしろ滅びの光に向かって舞い上がる一瞬の昂ぶりであった。
その危ういきらめきに私は目をそらすことができなかった。
ああ、人のこころとは何と静かに何と深く壊れうるものだろうか。

まとめ

チャーリー・パットンスキップ・ジェイムス
彼らはデルタ・ブルースというコインの、決して交わることのない表と裏です。
一方は共同体の中で生きる喜びと力強さを歌い、もう一方は個人の内なる孤独と絶望を歌いました。
一方は外向きの「動」のエネルギーを、もう一方は内向きの「静」のエネルギーをそれぞれ極限にまで追求しました。

ブルースという音楽の偉大さは、この両極端な魂の表現をその内に包み込んでいる点にあります。
パットンの肉体的な祝祭とジェイムスの精神的な探求。
この二つの魂に触れることで我々はブルースという音楽が持つ、無限の奥行きを初めて理解することができるのです。


FAQ|よくある質問

Q
チャーリー・パットンとスキップ・ジェイムスが、実際に会ったり一緒に演奏したりしたことはあったのですか?
A

二人が活動した時期や場所は重なりますが、彼らが深く交流したり一緒に演奏したりしたという確かな記録は残っていません。彼らの音楽スタイルがあまりに対照的であることからも、それぞれが異なるサークルで活動していたと考えられています。
※一部の研究者は彼らが面識を持っていた可能性を示唆していますが、共演や私的な交流を裏付ける記録は残っていません。

Q
スキップ・ジェイムスが属していた「ベントニア派」とは何ですか?
A

ミシシッピ州のベントニアという町を中心に活動していたブルースマンたちの、特異なスタイルを指す言葉です。スキップ・ジェイムスに代表されるように、オープン・マイナー・チューニングを多用し、暗く、内省的で、哲学的なテーマを扱うのが特徴です。

Q
パットンのスタイルが好きなら、他に誰を聴けばいいですか?また、ジェイムスのスタイルが好きなら?
A

チャーリー・パットンの力強いスタイルが好きなら、彼から直接影響を受けたサン・ハウスや、ハウリン・ウルフがおすすめです。スキップ・ジェイムス繊細で幽玄なスタイルが好きなら、同じベントニア派のジャック・オーウェンズや、彼に影響を受けたと噂されているロバート・ジョンソンの内省的な曲(「Hellhound on My Trail」など)を聴いてみると良いでしょう。

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