ブルース“三大キング” vol.3:閃光のギタリスト、フレディ・キング

ブルース

ブルースの歴史に燦然と輝く三つの王座――
B.B.キングアルバート・キング、そしてフレディ・キング。我々はこれまでの記事で、B.B.の洗練された「魂」、アルバートの豪腕が生み出す「肉体」について語ってきました。
ブルースの王座を巡る我々の旅は、ついに最後のそして最も若き王へと辿り着きました。

今回対峙するのは閃光のような「神経」を持つ男、フレディ・キングです
三大キングの中で最も若く42歳という若さで夭折した彼は、その短い生涯の中で、ブルースとロックンロールを繋ぐ決定的な架け橋を築き上げました。彼の音楽は、他の二王とは明らかに異質な、ロックの衝動とスピード感を内包していました。

なぜフレディ・キングは、他の二王と同等以上にロック・ギタリストたちから熱烈に愛され、崇拝されていたのか? この記事では、二人の偉大なキングとの比較を通じてその鋭利でモダンな魅力の核心に迫り、「三大キング」の物語を締めくくります。

三人の王、三様の哲学:魂、肉体、そして「神経」

まず、三人のキングがブルースという王国でどのように君臨したのか、その哲学の違いを改めて確認しておきましょう。

  • B.B.キング
    魂の王。 彼のギター「ルシール」は、人間の声のように歌い、喜怒哀楽の機微を表現しました。その音楽は、ブルースを世界の誰もが共感できる芸術の高みへと昇華させた、円熟と洗練のブルースです。
  • アルバート・キング
    肉体の王。 ギターを逆さまに持ち、常識外れの力で弦をねじ曲げて演奏します。そのサウンドは、理屈を超えて聴き手の身体を直接揺さぶる、圧倒的なパワーとファンクネスに満ちたフィジカルなブルースです。
  • フレディ・キング:
    神経の王。 そして、これから語るフレディ・キング。彼のギターは、B.B.のように円熟と洗練は無く、アルバートのように思いパワフルさはありません。その代わりに、彼の音楽には聴き手の神経に直接訴えかけ、鋭利な切れ味と反射神経のようなスピード感がありました。

B.B.キングとの比較:円熟の「歌」 vs 若き日の「叫び」

B.B.キングのブルースが、人生の酸いも甘いも噛み分けた大人の男が、静かに、しかし深く語る「歌」であったとするならば、フレディ・キングのブルースは、エネルギーを持て余した若者が、ストレートな感情を叩きつける「咆哮」に近いです。

B.B.がギターソロで描くのは、複雑な感情が織りなす繊細な心の機微です。一音一音に込められた余韻と「間」の美学は、聴き手に深い思索を促します。一方、フレディのギターは、より直線的で攻撃的で、流れるようなフレーズを矢継ぎ早に繰り出し感情の昂りを隠そうとしません。例えば、B.B.の代表曲「The Thrill Is Gone」が失われた恋への諦念と哀愁を歌うのに対し、フレディの「Have You Ever Loved a Woman」は、嫉妬と苦悩に身を焦がす生々しい感情の爆発を描き出します。

この若々しいエネルギーと、飾り気のないストレートな表現こそが当時のロックンロールの衝動と完璧にシンクロしたのです。

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アルバート・キングとの比較:ファンクの「重さ」 vs ロックの「速さ」

アルバート・キングのグルーヴが、地を這うような粘りと「重さ」を持つファンクミュージックに近いものだったとすれば、フレディ・キングのグルーヴは明らかにロックンロールのそれです。彼のビートは、より前のめりで性急で、聴き手をじっくりと揺らすのではなく瞬時に沸点へと到達させる「速さ」を持っています。

この違いは、彼らのギターサウンドにも顕著にあらわれています。アルバートのギターが、太い弦をねじ曲げて生み出す重厚でファットなトーンを特徴とするのに対し、フレディのトーンは、硬質で、高音域が強調された(トレブリーな)鋭いサウンドです。

筆者のひそやかな感想
アルバートのグルーヴが聴き手の腰を揺さぶる重力なら、フレディのグルーヴは聴き手の背筋を駆け上がる電流だ。その鋭いリフと前のめりなリズムは、ブルースの様式美に安住することを拒み、ロックンロールという新たな地平線が息づいていた。アルバートがブルースの持つ土着的な力を体現したとすれば、フレディはブルースが持つ未来への可能性、すなわちロックへの進化を体現したと言えるだろう。

フレディ・キングを形成した二つの魂:テキサスとシカゴ

フレディ・キングの音楽が持つ、この独特のハイブリッドな魅力は、彼の経歴に深く根差しています。彼は、アメリカン・ミュージックの二大聖地の魂をその身に宿した子だったのです。

彼はテキサス州ギルマーで生まれ育ちました。テキサス・ブルースは、T-ボーン・ウォーカーに代表されるようにジャズの影響を受けた洗練されたシングルノート・ソロや、奔放でオープンなサウンドを特徴とします。フレディの流麗でメロディアスなギターフレーズには、このテキサスの血が色濃く流れています。

しかし、彼は10代で家族と共にブルースのもう一つの聖地、シカゴへと移住します。そこで彼は、マディ・ウォーターズやハウリン・ウルフといった巨人たちが君臨する、ヘヴィでパワフルなシカゴ・ブルースの洗礼を受けます。彼のパワフルな歌唱や、バンド全体で生み出すタイトなグルーヴは、間違いなくシカゴで培われたものだと言えます。

この「テキサスの洗練」と「シカゴの力強さ」という、二つの異なるブルースの魂を自らの音楽の中で融合させたことこそフレディ・キングの独自性を形成しました。

“テキサス・キャノンボール”の秘密:そのギター奏法とサウンド

彼の「閃光」「弾丸(キャノンボール)」と形容される鋭いサウンドは、どのようにして生み出されたのでしょうか。その秘密は、彼の極めてユニークな奏法と合理的な機材選択にありました。

鋼鉄の指先:サムピックとフィンガーピック奏法

フレディ・キングは、一般的なフラットピック(※1)を使いませんでした。彼は親指にプラスチック製のサムピックを、そして人差し指に金属製のフィンガーピックを装着して演奏しました。これにより、彼は低音弦を親指で力強く弾きながら、同時に高音弦を人差し指で鋭く弾き上げることができました。特に金属製のフィンガーピックで弾かれる高音弦は、ガラスを引っ掻くような、硬質でアタッキーなサウンドを生み出しました。この奏法こそが、彼のトーンの核心です。

※1 フラットピック:ギターを弾く際に使用する一般的な板状のピック

ギターとアンプの選択:ギブソン+フェンダーという組み合わせの妙

彼はキャリアを通じて、ギブソン社のギター(ゴールドトップのレスポールやES-345など)を愛用しました。ギブソン特有の太く甘いサウンドを持つギターを、彼はフェンダー社のトレブリーで煌びやかなサウンドを持つアンプ(※2)に接続しました。当時、ギブソンにはギブソンのアンプ、フェンダーにはフェンダーのアンプを合わせるのが一般的だった中で、この組み合わせは彼の慧眼でした。ギターの持つパワーと、アンプの持つ鋭さが融合し、唯一無二の「フレディ・キング・トーン」が完成しました。

※2 ギターアンプ:エレキギターの音を増幅し、音色を調整するための装置

初心者におすすめの3曲:閃光のキングに触れる

彼の鋭利でパワフルなブルースを体験するために、まずはこの3曲から聴き始めることを推奨します。

1. Hide Away (ハイド・アウェイ)

1961年に大ヒットした、彼の代名詞的ギター・インストゥルメンタル。当時ブルースとしては極めて異例の、歌のない楽曲がチャートを席巻しました。この曲は、ハウンド・ドッグ・テイラーマジック・サムといったブルースマンの名フレーズを引用し再構築した名編集でもあります。Aメロ、Bメロ、サビといったポップソングの構造を、彼はギターリフだけで見事に表現しきっているます。

筆者のひそやかな感想:
歌という人の声を欠きながら、このギターの音色はなんと饒舌であろう。一つ一つの響きが淡い風景を結びあげる。男が酒場の片隅に身を置き、ただ指先のみで綴る物語。その指に宿る景色は、ときに哀しく、ときに可笑しみを帯びる。言葉にすれば壊れてしまうような思いが、かえってこうして澄んだ音の流れとなるのであろうか。ひそやかな美の結晶にふれるような心地がした。

2. I’m Tore Down (アイム・トア・ダウン)

彼のパワフルなヴォーカルと、一度聴いたら忘れられないロックンロール・リフが楽しめる1961年のヒット曲エリック・クラプトンがキャリアを通じて何度もカバーしていることでも有名です。「俺はもうボロボロだ(I’m Tore Down)」と叫ぶ彼の歌声にはブルースの持つ悲しみだけでなく、それを笑い飛ばすかのようなタフさが同居しています。ブルースとロックンロールが、幸福な形で結ばれた名演です。

筆者のひそやかな感想:
「ボロボロだ」と男は歌う。その声はしかし濡れていない。乾いている。ひび割れた魂が、なお最後の力を燃やして火花を散らすかのようである。その潔さが何故かひどく胸を打つ。悲しみの深みでは、人は案外このようにからりと笑うのかもしれない。その一瞬のきらめきは、まるで夏の夜の線香花火のごとくはかなく美しかった。

3. Have You Ever Loved a Woman (ハブ・ユー・エバー・ラブド・ア・ウーマン)

これぞフレディ・キング流スロー・ブルースの真骨頂
親友の女を愛してしまった苦悩を、文字通り絶唱します。彼のヴォーカルは、ここでは激情のままに張り裂けんばかりのテンションに達します。そして、その歌に応えるギターソロは、やり場のない感情がそのまま音になったかのような、切実なフレーズの連続です。B.B.キングの円熟した悲しみとは全く異なる、若く生々しい痛みに満ちています。

筆者のひそやかな感想:
恋という病の熱に浮かされた男の独白。そのギターの響きは、氷の刃のようである。己の胸を刻み、その傷口をあえて人々の目にさらすような、あまりに痛ましい告白。その純粋さが、かえって残酷にさえ感じられるほどに美しい。ああ、恋とは、ここまで人を無防備にしてしまうものか。その美しき傷跡を、私はただ息をひそめて見つめるほかなかった。

結論:なぜ彼は最もロックに愛されたキングなのか?

我々は、三人の偉大なキングの王国を巡る旅を終えました。B.B.は「魂」で、アルバートは「肉体」でブルースを体現しました。そしてフレディ・キングは、その鋭敏な「神経」で、ブルースの未来を指し示しました。

彼が最もロックに愛された理由は、明白です。

彼の音楽は、ブルースの伝統に根差しながらも常に未来を向いていました。インストゥルメンタル曲が示したポップな感覚、前のめりなリズムが持つロックンロールの衝動、そして何より鋭利で攻撃的なギターサウンド。そのすべてが、新しい音楽を渇望していた若きロック・ギタリストたちにとって、最高の「教科書」であり、インスピレーションの源泉だったのです。

特にエリック・クラプトンは、フレディの奏法からサウンドメイクまでを徹底的に研究し、自らの血肉としました。クラプトンというフィルターを通して、フレディの遺伝子は全世界のロックキッズへと受け継がれていきました。フレディ・キングは、ブルースとロックの間に、あまりに大きく、決定的な橋を架けました。すべてのロック・ギターの源流を遡れば、往々にしてこの閃光のキングの姿に行き着くことでしょう…

FAQ|よくある質問

Q
三大キングで、ブルース初心者には誰から聴くのがおすすめですか?
A

それぞれに魅力がありますが、最も広く知られ、ブルースの「王道」を感じられるB.B.キングから聴き始めるのが一般的におすすめです。ロックが好きならフレディ・キング、よりディープでパワフルなブルースに触れたいならアルバート・キングへと進むと、それぞれの違いがより楽しめるでしょう

Q
フレディ・キングの代表的なアルバムは何ですか?
A

まずは、初期のヒット曲を網羅したインストゥルメンタル・アルバム『Let’s Hide Away and Dance Away with Freddy King』が必聴です。彼のパワフルな歌も聴きたい場合は、ベスト盤『Hide Away: The Best of Freddy King』がおすすめです。70年代のライブの熱気を味わいたいなら、ライブ盤『Burglar』も素晴らしい作品です。

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