【ブルース入門】オーティス・ラッシュのブルースの悲痛性 – “ウェスト・サイド・サウンド”

ブルース

シカゴ・ブルースと聞いて、多くの人がマディ・ウォーターズの力強く威厳に満ちたサウンドを思い浮かべるでしょう。しかし、その街の西側(ウェスト・サイド)では、全く異なる、より悲痛で、よりドラマティックなブルースが生まれていたのです。その中心にいたのが、孤高の天才、オーティス・ラッシュです。

なぜ彼の音楽は、聴く者の胸を締め付けるほどに「悲痛」なのでしょうか?
なぜそのギターと歌声は、これほどまでに切実な響きを持つのでしょうか?

この記事では、その秘密の鍵である“ウェスト・サイド・サウンド”と、彼がブルースに持ち込んだ「マイナー・キーの魔術」を紐解いていきます。


サウス・サイド vs ウェスト・サイド:シカゴ・ブルース、もう一つの顔

1950年代、マディ・ウォーターズハウリン・ウルフらが君臨したシカゴのサウス・サイドでは、ミシシッピ・デルタの泥臭さを引き継いだ、力強いバンド・ブルースが鳴り響いていました。それはブルースの「陽」であり、「王道」でした。

しかし同時期、オーティス・ラッシュやマジック・サムバディ・ガイらが活動したウェスト・サイドでは、新たなブルースの潮流が生まれていました。彼らのサウンドは、サウス・サイドのそれよりもモダンで、洗練されていました。そして何より、どこか暗く、張り詰めた緊張感を宿していました。この独特のサウンドこそが、「ウェスト・サイド・ブルース」と呼ばれるものです


マイナー・キーがブルースにもたらした革命:「I Can’t Quit You Baby」の衝撃

オーティス・ラッシュの大きな功績のひとつは、シカゴ・ブルースにマイナー・キーの感傷的な叙情性を導入し、それを表現の核に据えた点です。それまでのブルースは、メジャー・キーやブルース・スケールを基調とした、陽性かつ力強いスタイルが主流でしたが、ラッシュは「Double Trouble」などの楽曲で、内省的で哀感漂うサウンドを確立し、後のブルース・ロックにも大きな影響を与えました。

1956年のデビュー曲「I Can’t Quit You Baby」の冒頭で鳴り響く、彼の甲高いヴォーカルと鋭利なギターフレーズは、当時のブルース界にとって衝撃的でした。それは、これまでのブルースにはなかった、明確な「悲劇」の始まりを告げる音だったのです。


ジャズの影響と洗練されたアンサンブル:ホーン・セクションの役割

ウェスト・サイド・サウンドのもう一つの特徴は、ジャズの影響を受けた洗練されたアレンジにあります。特に、サックスなどのホーン・セクションを効果的に用いたアンサンブルは、彼の音楽に都会的な響きとドラマティックな奥行きを与えました。

ラッシュのバックで鳴るサックスは、単なる飾りではありません。それは、都会の夜の孤独を映し出し、彼の絞り出すようなヴォーカルと対話し、その苦悩をより一層際立たせるための、もう一人の登場人物なのです。この洗練されたサウンドと、ラッシュの生々しい感情表現とのコントラストが、聴く者に強烈な印象を残すのです。


まずはこの3曲から!オーティス・ラッシュの「悲痛」を聴く

彼の音楽世界への扉を開けるには、どの曲から聴けばいいのか。ここでは、彼の「悲痛の美学」が凝縮された、入門に最適な3曲をご紹介しよう。

1. I Can’t Quit You Baby (アイ・キャント・クイット・ユー・ベイビー)

彼の名を世に知らしめた、1956年の衝撃的なデビュー曲。張り裂けんばかりのハイトーン・ヴォイスと、空間を切り裂くようなギターの音色。この曲で彼が提示したマイナー・キー・ブルースの様式は、あまりに美麗で後のブルースそしてロックに絶大な影響を与えました。レッド・ツェッペリンがカバーしたことでも有名であり、ロックファンにとっても必聴の一曲です。

筆者のひそやかな感想:

曲の冒頭、一瞬の静寂を裂いて放たれるギターの一音は、もはや絶叫に近い。否、それは悲劇の開幕を告げる刃であり、聴く者の胸腔を容赦なく貫く冷ややかな凶器である。彼は決して、安易な情緒への迎合を許さぬ。ひたすらに、抑えがたい情念を剥き出しのまま叩きつける。それを隠さぬ潔癖、それゆえの痛ましさ――その峻厳さにこそ、我々は心を奪われるのだ。

I Can’t Quit You Baby収録アルバム | I Can’t Quit You Baby / The Cobra Sides – Limited 180-Gram Vinyl with Bonus Tracks [Analog] | Amazon

2. All Your Love (I Miss Loving) (オール・ユア・ラブ)

エリック・クラプトンジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ時代にカバーし、英国のギターヒーローたちにとっての「聖典」となった一曲。ラテン音楽を思わせる軽妙なリズムと、ペーソス漂うマイナー・キーのメロディが見事に融和しています。彼のギターソロは、流麗でありながら、その一音一音に深い悲しみが宿っているように響きます。

筆者のひそやかな感想:

軽やかな律動の仮面の奥で、音は静かに呻いている。笑みを装う旋律の下に、凍てつくような哀しみが沈殿しているのだ。クラプトンがこの曲に魅せられたのは、技巧の冴えのみならず、その内奥に潜む痛苦の気配を嗅ぎ取ったがゆえであろう。洒脱であればあるほど、哀しみは深く、静謐に沈む。これは、都市の孤独を知り尽くした者にのみ許される、洗練されたブルースの貌である。

All Your Love (I Miss Loving)収録アルバム | I Can’t Quit You Baby / The Cobra Sides – Limited 180-Gram Vinyl with Bonus Tracks [Analog] | Amazon

3. Double Trouble (ダブル・トラブル)

彼の代名詞とも言える、スロー・ブルースの傑作。彼のヴォーカルは、もはや歌ではなく悲鳴に近い領域にまで達し、ギターソロは聴く者の神経を逆なでするかのように、張り詰めたフレーズを執拗に繰り返す。後にスティーヴィー・レイ・ヴォーンが自らのバンド名にしたことからも、この曲が持つ影響力の大きさがうかがえる。

筆者のひそやかな感想:

ギターソロは、決して聴く者を慰撫しない。むしろ、癒えぬ傷口にあえて指をかけ、ゆっくりと、だが確かに裂き広げてゆく。そこには、ひとつの厳粛な痛みがある。その痛みを逃げずに見つめ、静かに耐えることでしか辿りつけぬ高みが、音の彼方にひっそりと横たわっている。彼の演奏は、それを告げるに過ぎない。美とは、苦悶のなかでなお形を保ちつづける、孤絶した精神の彫像なのだ。

Double Trouble 収録アルバム | I Can’t Quit You Baby / The Cobra Sides – Limited 180-Gram Vinyl with Bonus Tracks [Analog] | Amazon


まとめ:ブルースに「悲劇」の様式美をもたらした革新者

オーティス・ラッシュはがマイナー・キーの扉を開いたことで、ブルースはより深く、より複雑な人間の感情を描き出すための、新たな言語を手に入れました。

彼の音楽は、決して安易な慰めを与えてはくれません。しかし、その痛みの奥底にある真実に触れた時、私たちはブルースという音楽が持つ、底知れない深さに気づかされるのです。


FAQ|よくある質問

Q1. ウェスト・サイド・ブルースの他の代表的なアーティストは誰ですか?

A. オーティス・ラッシュと並び称されるのが、マジック・サムバディ・ガイです。マジック・サムはファンキーで躍動的なギター、バディ・ガイはワイルドで予測不能なパフォーマンスが特徴で、それぞれがウェスト・サイド・サウンドの発展に大きく貢献しました。

Q2. なぜ彼のギターは独特な音がするのですか?

A. 彼は左利きでありながら、右利き用のギターを上下逆さまにして(弦は張り替えずに)演奏していました。そのため、通常とは弦の並びが逆になり、特に低音弦をチョーキング(ベンディング)する際の物理的な動作が変わります。この特異なスタイルが、彼のシャープで緊張感のある独特のギターサウンドを生み出す一因とされています。

Q3. オーティス・ラッシュの音楽を聴くのにおすすめのアルバムは何ですか?

A. まずは、コブラ・レコード時代の初期の名演をまとめたコンピレーション盤『I Can’t Quit You Baby: The Cobra Sessions 1956-1958』が必聴です。この記事で紹介した代表曲が網羅されており、彼のスタイルの原点に触れることができます。キャリア後期の作品では、ライブ盤『So Many Roads』も素晴らしい演奏が楽しめます。

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