ブルースの歴史に燦然と輝く三つの王座――
B.B.キング、フレディ・キング、そして、アルバート・キング。
我々は前回の記事で、B.B.という洗練された「魂」の王について語りました。
しかし、ブルースの玉座は一つではありません。
今回、我々が対峙するのは、他の二人の王とは全く異なる原理でその王座に君臨した豪腕の巨人アルバート・キングです。
彼の音楽はB.B.のように雄弁に歌わず、フレディのように鋭く切り裂きません。
ただ、有無を言わさぬ圧倒的な「力」で聴く者の存在そのものを揺さぶります。
この記事では他の二人の王との比較を通じて、アルバート・キングが体現した純粋で肉体的で、そしてあまりに強大な「力」の哲学に迫ります。
B.B.、フレディ、そしてアルバート:それぞれの王座
ブルースギターの世界における「三大キング」は、偶然にも同じ「キング」の姓を持ちますが、その音楽性は三者三様です。
- B.B.キング:
洗練された「魂」の王。ギター「ルシール」をまるで人間の声のように歌わせ、ブルースを世界の芸術へと昇華させました。

- フレディ・キング:
ロックの「神経」を持つ王。鋭利でスピーディーなギターリフで、後のハードロックへの道を切り拓きました。

- アルバート・キング:
そしてこれから語る「肉体」の王。常識外れの奏法から繰り出される、圧倒的なパワーとグルーヴでブルースを支配しました。

B.B.キングとの比較:洗練された「対話」 vs 圧倒的な「独白」

B.B.キングの音楽が、彼の歌とギター「ルシール」との優雅な「対話」であったとするならば、アルバート・キングの音楽は、彼のギターが一方的に発する、力強い「独白」です。
B.B.のギターが感情の機微を細やかに語るのに対し、アルバートのギターは、ただ一つの巨大な感情の塊を問答無用で叩きつけてきます。そこには逡巡もためらいもありません。音数を切り詰め、一音一音に全身全霊の力を込めて弦をねじ曲げる。そのサウンドは、説得ではなく、支配。聴き手は、その圧倒的な音の圧力の前に、ただひれ伏すしかないのです。
フレディ・キングとの比較:ロック的な「鋭さ」 vs ファンク的な「重さ」
フレディ・キングのギターが、シャープで攻撃的な「鋭さ」を持つカミソリだとすれば、アルバート・キングのギターは、すべてを薙ぎ払う巨大な斧だ。
フレディのサウンドが後のロックンロールが持つスピード感や軽快さに繋がっていくのに対し、アルバートのグルーヴは、より粘りつき、地を這うような「重さ」を持っています。それは、ジェームス・ブラウンのファンクにも通じる抗いがたい肉体的な引力です。彼の音楽に合わせて、頭を振る者はいません。誰もが腰から、体の芯から、ゆっくりと揺らされるのです。
まずはこの3曲から!アルバート・キングの「力」を聴く

彼の豪腕が生み出す、圧倒的なブルースの「力」。
その神髄に触れるために、まずはこの3曲から聴き始めることをお勧めします。
1. Born Under a Bad Sign (悪い星の下に生まれ)
彼の代名詞であり、Staxレコード時代の金字塔。
ブッカー・T&ザ・MG’sによるタイトでファンキーな演奏の上を、アルバートのギターが不吉な予言のように響き渡ります。
「If it wasn’t for bad luck, you know I wouldn’t have no luck at all(もし不運じゃなかったら、俺には運なんて全くないだろう)」と歌う歌詞は、ブルースの宿命を見事に体現しています。この曲を聴かずしてアルバート・キングは語れないでしょう。
筆者のひそやかな感想:
男の指が太い弦を押し下げる。音は鋭く割れ、空気を震わせ、痕跡だけを残して消える。その一音に、怯まず踏みとどまる意志がこもる。負の宿命を告げる声のようでありながら、なお抗いを捨てぬ力がある。言葉など入り込む余地はない。
2. Crosscut Saw
「横びきのこぎり」という奇妙なタイトルを持つこの曲は、彼のファンキーな側面が最もよく表れた一曲です。一度聴いたら耳から離れない、印象的なギターリフ。躍動するベースライン。まるでダンスフロアの熱気をそのままパックしたかのような熱いグルーヴに満ちています。ブルースが持つ「楽しさ」や「祝祭性」を感じるには、最高のナンバーです。
筆者のひそやかな感想:
ひたすら反復するリフは、秩序を逸脱した旋律の奔流のようだ。粗野で単純に見えて、その内部には緻密な計算が潜む。人を引きずり込む磁場を帯び、抗えぬ誘引力を持つ。終わりのない熱狂に、ただ巻き込まれるしかない。
3. Oh, Pretty Woman (オー、プリティ・ウーマン)
彼の十八番である、パワフルなチョーキングを存分に堪能できる一曲。シンプルな構成の中で、彼のギターがいかに感情豊かであるかが分かります。美しい女性を見かけた男の、率直な欲望と称賛。そのシンプルな感情を、彼はギターで増幅させます。特に、歌の合間に挟まれるギターのフレーズは、言葉にならない男のため息や、胸の高鳴りそのもののようです。
筆者のひそやかな感想:
女の姿に触れたときの震えが、そのまま弦に乗る。刹那の沈黙ののちに、上昇する音が放たれる。無駄を排した構造の中に、抑えきれぬ衝動が潜む。美の前に、人は理性を置き去りにする。ギターはそれを淡々と映し出すだけである。
三大キングの中で、最も「フィジカル(肉体的)」なブルース
B.B.がブルースの「魂」を、フレディが「神経」を体現したとすれば、アルバート・キングは、まぎれもなくブルースの「肉体」そのものを体現した巨人です。
彼の音楽は理屈ではありません。左腕から指先へと伝わる圧倒的な力、逆さまに張られた弦の抵抗、そしてアンプから放出される音の圧力。そのすべてが、彼の肉体を通して我々の肉体に直接訴えかけてくるのです。
まとめ
アルバート・キングは、他の二人のキングとは異なる方法で、自らの王座を築きました。
彼は、洗練やスピードではなく純粋な「力」によってブルースを支配しました。その豪腕から繰り出される一音の重みは、今なお我々の身体の芯を震わせ、音楽が持つ根源的なフィジカルな快感を思い出させてくれます。
FAQ|よくある質問
- Qなぜ彼のギターは独特な音がするのですか?
- A
彼は左利きでありながら、右利き用のギター(ギブソン・フライングVが有名)を上下逆さまにし、弦も張り替えずにそのまま使用していました。そのため、通常とは弦の並びが上下逆になり、特にチョーキング(ベンディング)の際に強大な力をかけやすかったことが、彼のパワフルで独特なトーンの大きな要因とされています。
- Qアルバート・キングを聴くのにおすすめのアルバムは何ですか?
- A
まずは、Staxレコード時代の金字塔『Born Under a Bad Sign』(1967年)が必聴です。この記事で紹介した「Born Under a Bad Sign」や「Crosscut Saw」などが収録されており、彼のスタイルの神髄に触れることができます。また、ライブ盤『Live Wire/Blues Power』も、彼の圧倒的なライブパフォーマンスを体験できる名盤です。
- Q三大キングは実際に交流があったのですか?
- A

24歳。ニセモノ。
理論物理学の研究をしたり。
音楽の持つ豊かな感情の襞を愛し、その根源にある普遍的な響きを探求しています。
コメント