ブルースに「エレキギター」が生まれた日ーTボーン・ウォーカーが起こした革命

ブルース

今やロックやブルースに欠かせない「エレキギターのソロ」。
我々はギタリストがステージの中央に立ち、情熱的なフレーズを奏でる光景を当たり前のものとして享受しています。
しかし、その輝かしい歴史が一人の男から始まったことを知る者は、そう多くはないかもしれません。

その男の名は、アーロン・シボー・ウォーカー。
通称、Tボーン・ウォーカー

彼が1942年に奏でた流麗なエレクトリック・ギターの音色は、ブルースにおけるギターの役割を永遠に変える、静謐だが決定的な革命の狼煙でした。
この記事では、彼がいかにしてブルースに「エレキギター」という名の新しい声を与え、その後のポピュラー音楽の歴史そのものを発明したのか、その偉大な瞬間に迫ります。

革命前夜:伴奏楽器だったブルースギター

Tボーン・ウォーカーが登場する以前、1920年代から30年代のブルースにおいて、ギターは主に「伴奏楽器」の役割を果たしていました。
ロバート・ジョンソンのようなデルタ・ブルース(※)の天才たちも、その驚異的なテクニックを、主に歌を支えるためのリズムや、歌の合間を埋める短いフレーズ(オブリガート)のために用いていました。主役はあくまで「歌」であり、ギターはその声に寄り添う忠実な伴侶に過ぎなかったのです。
デルタ・ブルース (The Delta blues) :アメリカ合衆国南部のミシシッピ川流域(ミシシッピ・デルタ)やテネシー州メンフィスなどの地域で発生した、初期のブルースミュージックである。演奏楽器として、特にギターとハーモニカが一番多く使われた。またソウルフルで、激しく、そして自己の内面を歌い上げるようなボーカルスタイルもデルタ・ブルースの特徴である。代表的なミュージシャンにチャーリー・パットン[1]、ロバート・ジョンソンなどがいる。(wikipedia

楽器はアコースティックギターが主流であり、その音量は人間の声やピアノ管楽器に比べれば小さくか弱かったのです。ギタリストがバンドの前面に立つなど、誰も想像し得なかった時代だったでしょう。

1942年、「Mean Old World」の衝撃:ブルースギターが初めて「歌った」瞬間

その常識が、初めて覆されたのが1942年。
Tボーン・ウォーカーが、フレディ・スラック楽団の客演シンガーとして参加したセッションで録音した「Mean Old World」でのことでした。この曲は、ブルースにおけるエレクトリック・ギター・ソロが主役として登場した、最も初期の画期的な例のひとつです。

アンプリファイドされたそのギターの音色は、それまでのどのギターとも違っていました。
アコースティックギターの温かさを保ちながらも、より大きく、より長く伸びる(サステインが効く)そのサウンド。
そして、彼が奏でるフレーズは単なる音の羅列ではなく、滑らかで、歌心にあふれ、まるで第二のヴォーカルのように、一つの独立した生命の輝きを放っていました。

ブルースギターが、初めて自らの意志で「歌った」瞬間。
この歴史的な一歩が、後のすべてのブルース/ロックギタリストたちの道標となったのです。

なぜエレキギターだったのか?ダンスホールとビッグバンドの音量

Tボーン・ウォーカーがこの革命を起こし得た背景には、彼が活動していた音楽環境があります。
彼はミシシッピの田舎ではなく、大都市のダンスホールで、大編成のジャズ・ビッグバンドと共に演奏していました。

サックスやトランペットといった大音量のホーン・セクションと渡り合うためには、アコースティックギターの生音はあまりに無力でした。
ギタリストが、バンドの中で自らの存在を主張し、主役の座を掴むためには、楽器を「エレクトリック化(電気増幅)」することが必然的な武装だったのです。
彼は、時代の要請を誰よりも早くそして的確に察知していたのです。

ジャズからの影響:チャーリー・クリスチャンという道標

Tボーン・ウォーカーの革新性は、単に楽器を電気化したことだけに留まりません。
彼は、ブルースギターの「語法」そのものを発明しました。
その上で、ジャズの世界でエレクトリック・ギターをソロ楽器として確立した天才、チャーリー・クリスチャンから多大な影響を受けていたことは見逃せません。

クリスチャンのように、ホーン楽器のような滑らかなフレージングでソロを取るスタイル。
そして、9thコード(※)に代表されるような、ジャズ特有の洗練されたハーモニー感覚。
Tボーンは、これらのジャズの要素をブルースのフィーリングと見事に融合させ、泥臭いだけではない、都会的で洗練された「モダン・ブルース」のスタイルを確立しました。
アメリカに生まれた二つの音楽──泥の匂いを纏うブルースと、夜の灯に揺れるジャズは、Tボーン・ウォーカーというひとりの男の指先を通して出逢ったのです。
9thコード(ナインス・コード):基本の三和音(ルート・3度・5度)に加えて、7度と9度の音を加えた五和音です。ジャズやファンク、ブルースなどで頻繁に使われるリッチで色気のある和音です。

初心者におすすめの3曲:革命の音色を聴く

彼の洗練されたブルースと、ギターが初めて「歌った」瞬間の感動に触れるために、まずはこの3曲から聴き始めることをお勧めします。

1. Call It Stormy Monday 

彼の代名詞であり、ブルースの枠を超えて愛される不滅のスタンダード・ナンバー。
1947年に録音されたこの曲は、
「彼らはそれを嵐の月曜日と呼ぶ、だが火曜も同じくらいひどい」
という有名な歌い出しで始まります。
ジャジーで洗練されたコード進行の上を、彼のギターがまるでため息をつくように、優雅に、そして物悲しく歌い上げます。ブルースが持つ哀愁と、都会的な気品が見事に融合した究極の一曲です。

筆者のひそやかな感想:
月曜の憂鬱。そのどうしようもない感情を、男のギターは、夜の絹のように滑らかな音色に変えてしまう。雨に濡れたアスファルトに映るネオンの光。バーのカウンターで、グラスの氷がカランと音を立てる。その一瞬の静寂。彼のギターは、そんな都会の夜の、名もなき詩情そのものであった。ただ、美しいと思った。

2. Mean Old World (ミーン・オールド・ワールド)

前述の通り、エレクトリック・ブルース・ギターの歴史が始まった記念碑的な一曲。
1942年の録音でありながら、そのギターソロは驚くほどモダンで完成されています。
後のギタリストたちが奏でるフレーズの原型がすでにここにあります。
ブルースギターの「最初の産声」とも言える、その歴史的な音色に耳を澄ませてください。

筆者のひそやかな感想:
暗い部屋の片隅に、ひとつ蝋燭が灯る。
その微かな光が揺れながらも、やがて確かな輪郭を纏いゆるやかに燃え立つ。
私はその様子をこのギターソロの中に聴くのである。
それは、まだ幼く心もとない響きだ。
だが、それは世界に向けて初めて発された声であり手探りの言葉である。
初々しさのなかに、名もなき未来が宿っている。
ああ、なんという静かな希望、なんという美しさだろう。

3. T-Bone Shuffle (Tボーン・シャッフル)

彼のアップテンポな側面と、エンターテイナーとしての魅力が詰まったご機嫌なシャッフル・ナンバー。
躍動するホーン・セクションと、彼の軽やかでスウィンギーなギターが見事な掛け合いを聴かせます。彼の音楽が、ただ感傷的なだけでなく、人々を踊らせるための、極上のダンス・ミュージックでもあったことがよく分かります。
ライブでの彼の楽しげな姿が目に浮かぶようです。

筆者のひそやかな感想:
このリズムは、まるで薄氷の上をすべる舞のようだ。
軽やかで、華やかで、けれどもどこか儚い。
永遠に続くかと思われたステップも、音が止まればふと現実へと帰っていく。
その一瞬の熱に人は身を焦がし、夢に遊ぶ。
しかし、夢はいつも醒めるもので祭りの夜は、決まって終わりに近づく。
そして終わりには、少しばかりの寂しさが必ず残るのである。

まとめ:ブルースの歴史を「発明」した男

Tボーン・ウォーカーは、ブルースに新たな声と、無限の可能性を与えました。
彼がエレクトリック・ギターを手にしブルースの主役へと押し上げたその日から、B.B.キングが生まれ、チャック・ベリーが生まれ、そしてロックンロールそのものが生まれたと言っても過言ではないでしょう。

彼は単なる偉大なブルースマンではありません。
彼は、ブルースの、そして20世紀ポピュラー音楽の歴史を「発明」した、偉大な革命家なのです。
我々が今聴いているほとんどすべてのギターミュージックの源流を遡れば、その最初の一滴は、間違いなく彼が滴らせたものなのです。


FAQ|よくある質問

Q1. Tボーン・ウォーカーのギター奏法の特徴を教えてください。
A. 彼の奏法は、ジャズの影響を受けた洗練されたスタイルが特徴です。ブルースの伝統的なコード弾きよりも、ホーン楽器のように滑らかで歌心のある「シングルノート・ソロ」を主体としました。また、9thコードなどのジャジーな和音を使い、都会的な響きをブルースにもたらしました。

Q2. 彼が後世のギタリストに与えた影響で、最も大きいものは何ですか?
A. 「キング・オブ・ザ・ブルース」B.B.キングに決定的な影響を与えたことです。B.B.キングは、Tボーン・ウォーカーの演奏を聴き、「自分もエレクトリック・ギターを弾かなければならない」と決意したと言われています。彼のスタイルは、B.B.キングを通じて、その後の全てのブルース/ロックギタリストに受け継がれていきました。

Q3. Tボーン・ウォーカーを聴くのにおすすめのアルバムは何ですか?
A. 彼の全盛期である1940年代~50年代初頭の録音は、現在、様々なコンピレーション・アルバムで聴くことができます。特に、「Capitol」「Black & White」「Imperial」等のオルタネイトテイクも含む『The Complete Recordings of T-Bone Walker 1940-1954』などが決定版として知られています。
まず一枚ということであれば、代表曲が網羅されたベスト盤がおすすめです。


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